たまごクラブダイアリー
2001年
信じる
「おめでとうございます。双子の赤ちゃんがおなかにいますよ。」
「わあ、本当ですか?」
両手をあげて喜んでくれたのは、34歳の穂波さんです。
不妊治療を続けて3年目。やっと授かった赤ちゃんなのです。
いつでもどこに行くにも、超音波の写真を持ち歩き、誰かに会うとついつい見てもらいたくなると言っていました。
順調な経過だったので、2週間に一度診察をしていましたが、妊娠21週の時、突然片方の赤ちゃんの心臓が止まってしまい、緊急入院となりました。
穂波さんのおなかの中でやっと芽生えた小さな命。
もしかしたら、もう1人の赤ちゃんの命さえ危ないかもしれない。
さらに、穂波さん自身の体も、血液が固まってしまい、危険な状態になってしまうかもしれない。
「大丈夫ですか?」
入院した彼女に会いに行くと、
「大丈夫よ。もっとつらいのは、信なんです。もう、おなかの中でキックしたって、返事が返ってこないんだから。だから私がんばるの」
と。 その言葉を聞いて、私ははっとしました。
「かわいそうときめつけないで」と言わんばかりに、彼女の顔は明るい輝きに満ちているのです。
そして、おなかをさすって小さく笑い、「ごめんね信ちゃん、寂しい思いをさせて。もうすこしがんばって」と。
「しん」という名前には、この子は元気に生まれてくると信じたいという、彼女の願いが込められていました。
毎週採血をして、血液が固まっていないことを確認し、おなかの赤ちゃんの発育状態を確認する日々が始まりました。夕方になると、決まって襲ってくるおなかのはり。点滴をして、ベットで安静を保っているので、刺すところがないくらい腫れあがる両腕。
それでも彼女はがんばりました。
そして、毎週水曜日には、博多に住むお父さんから、応援の絵はがきが届きます。
あっという間に絵はがきが病室の壁いっぱいになりました。
「命」「ごめんね」「信じれば、こたえはきっとかえってくる」「母になる」
など、力強いメッセージが季節の果物や動物と一緒に書かれています。
「父はね、高校の美術の先生だったんです。書いても出す相手がいないから、私に出してるんじゃないかなあ」
ちょっぴり照れた様子で話す穂波さんには、生きる力と強い親子の絆を感じました。
入院して4カ月の今日。穂波さんは35週で出産しました。
信ちゃんは、2339g、入院してきたときの7倍もの大きさです。
「おめでとう!」そう言うと、 「すごくつらかった。でも、みんなのおかげです」と、私の白衣の袖をつかみ、穂波さんは感激の涙を流していました。
「毎日毎日決してあきらめなかったよね」
私は、これ以上言葉が出ません。
信じて願う父親と娘。そしてそれにこたえる命。生きる力の尊さと、命の強さをこれほどまでに感じたことはありませんでした。そして、最後まで守ってくれた神様に、心から感謝しました。
穂波さんはもう少し入院が必要です。
なぜなら、ずっと寝ていたので、歩くことができないからです。
でも、彼女は明るく答えてくれました。
「リハビリもOK。信がいるから。それに、父も絵はがき出す相手が欲しいしね」
「そうね、そうかもね」
いつか、博多のお父さんに会ってみたいなあ。そう思いながら彼女の部屋のドアを閉めました。-
4月のワンポイントリラック ★ 桜 ★
久しぶりにフリーの日曜日があったので、上野公園の桜を見に行きました。
前日の雨で、少し花が散っていましたが、花びらのじゅうたんの上を歩くのも素敵なものです。
今日が最高かもしれない。明日には散っちゃうかも。ずっとここにいたいな。
そんな心の揺らめきは、初恋と似ていませんか?
たまごクラブ2001/04月号掲載
2001年4月
心をこめる
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恵さんは24歳の初産婦。東京から転勤で那須に来ました。
初診の日は、とても外来が混んでいて、待ち時間の長さにイライラしていたようです。
「はじめまして郡山です」
「私、出産は東京でします」
「ご実家が東京ですか?」
「いえっ」
一事が万事この調子です。私も彼女も居心地が悪い。
カルテをみると実家は西那須野と書いてあります。なんだ、実家も近いじゃないか。
妊娠中期になっても、パサパサ、トゲトゲ、ギスギスは続き、ピカピカの絵入りの爪で、厚底の靴を履き、危ないよと言っても聞く耳がありません。
妊娠後期には、「こんなに大きくなってよかったね」と言っても、「……」無言。
先生はいつも元気でよろしいことといった感じで、外診台から私を見上げます。さらには、
「先生っていつもリラックスをしてますよねえ」と。
「私だって、常に緊張しているんだってば!」そう言いたいくらいでしたが、いつか彼女が心を開いてくれるまで、心をこめて診療しようと思いました。
久しぶりに暇な外来の日があり、そこへ35週になった恵さんが登場。
正直言って、私は少し歯がみしてしまいました。
「紹介状ください」彼女は突然言いました。
そう言うだけで、行く場所は決まっていないことくらい、私にもわかります。
「恵さん、地元で産もうよ」そう言うと、「えー」という顔をしました。
だって思いませんか?自分の産まれたところで、地元でとれたお米やお肉を食べて、自然の豊かさ、素朴であったかい情を感じられたら、こんなに良い胎教はないですよね。
すると、彼女は少しずつ話をしてくれました。
「実は結婚前に妊娠して、すぐに流産したの。その時、主治医は、私の処置中ずっと自分の新車の話をしていたんです。意識のもうろうとする中、悔しくて、悲しくて。医者が大嫌いでした」
「そうだったのかあ」
私は、自分も忙しさゆえに、誰かを傷つけてはいないかと、はっとしました。
そして、こんな話ができたのも、余裕のある診療だったからだとわかりました。
つまり、待合室が混んでいると、病院はなんだかにぎわっていて良いようにも思えますが、患者さんにとっては、 「余計なことを聞いてはいけないかしら」 と、言いたいことも言えず消化不良をおこしている事がたくさんあるのではないでしょうか?
今日、37週の彼女は、「ここで産みます」と元気に言ってくれました。
「この病院、気に入ったんです。しゃれてはいないけど、個室にも2つのベッドがあって、いつでも誰でも泊まっていいんでしょ。アメニティも必要にして十分。お産費用も高くないしね」
「恵さん、がんばろうね」ぎゅっと握手しました。
「心をこめる」とは、簡単なようですが、日常の些細な事にまで心をこめるって結構大変なものです。
でも心がけ一つで、とっても豊かな気持ちになれます。そして、心をこめるほど、しっかりとその声に答えてくれるのですね。 私は、これからも、たまごママ達と、心のキャッチボールができるようにがんばりたいと思います。
みなさんも、先生といっぱいお話をして下さいね。 - 3月のワンポイントリラック ★ 築地銀だこ ★
「ぜったいうまい!!たこ焼き」
ここまで言うか?と思ったが、誘われやすい私は、長蛇の列に並んでみた。
待つこと20分。壁には「たこ焼き焼くとき何思う?」というチラシがあり、「焼く人のポヨヨン、食べる人のポヨヨン。なんて平和な食べ物なんだ」と。
いよいよたこ焼きを手にしたとき、お姉さんが「おいしく召し上がれますように」と言ってくれた。心も体も幸せになった。うそじゃない、ぜったいうまいよ!
たまごクラブ2001/03月号掲載
2001年3月
家族が一番
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岡本さんは、32歳の経産婦。4年前に、ブラジルから日本へ来ました。
岡本さんは、日本語がちょっと苦手です。
でも、小学校6年生になる、長女のりょうちゃんが通訳をしてくれるので、私も岡本さんも安心して赤ちゃんを待ち望むことができました。
「お母さんはね、私(りょう)が大きくて出てこなかったから、ブラジルで手術したの」
「そう、今度も手術だけれど、心配ないからね」
「うん」
こんな感じで診察を重ねてきました。
ある日曜日、お産の人も外来の患者さんも一段落したので、私は病院の周りを散歩しようと思いました。
「う~寒いなあ。手袋でもしようかな。」 そう思った時、後ろから「純子先生!」と。
振り返ると、自転車に乗ったりょうちゃんが、お父さんらしき人と私の前を通り過ぎていきました。
よく見ると、お父さんは、りょうちゃんの肩に手を置き、りょうちゃんに導いてもらっているのです。「お父さんは、目が不自由なんだ」私はその時初めて知りました。
「りょうちゃん、いつお友達と遊んでいるのだろう。」どんどん小さくなっていく彼女の背中を見ると、胸が痛くてたまりません。
その2週間後、りょうちゃんは、お母さんと一緒に帝王切開目的で入院。
入院中、ずっと付きそうと言ってくれました。そして手術の当日、りょうちゃんは、病室から出る直前に、ブラジルの言葉でお母さんに応援をしていました。きっと、がんばってねと言ったのだと思います。
手術は順調に終わり、元気な男の子が産まれました。 しばらくして、術後回診に伺うと、家族みんなで抱き合っていました。ご主人は、私の方をゆっくり見つめ、何度も何度も頭を下げて微笑んでくれました。
「岡本さん、素敵な家族に恵まれて、お幸せですね。おめでとうございます。」
そう言うと、りょうちゃんの通訳を通して理解してくれ、「うん、うん」と言ってくれました。
その時、私はあの自転車のことを思い出しました。
「りょうちゃんにとっては、ますます大変になるのではないかな」
しかし、りょうちゃんの答えは思いがけないものでした。
「大変じゃないよ。家族が一番、友達は二番だもん」わずか12歳の子から出た言葉。
どんなメッセージよりも説得力がありました。家族の絆が薄まりつつある日本で、こんなに家族を大切にすることの大切さを教えた岡本さんの教育に、感激してやみませんでした。
今日もりょうちゃんは、病院で朝食をすませ、赤いランドセルをしょって、学校へ行きます。
りょうちゃんは、雪を押しのけて、けなげにも花を咲かせるクロッカスのようだと、入院中のおばあさんが私に言いました。
りょうちゃん、今は大変でしょう。でもね、この弟くんが大きくなったら、きっとりょうちゃんを助けてくれるから、それまで家族みんなを守っていてね。
そう思いながら見送りました。 病院の庭には、雪のとけるそばから、順に花が咲き始めています。春はもうすぐですね。 -
2月のワンポイントリラック ★ The little Prince~星の王子様~ ★
私は、この本が大好き。
星の王子様は、人間って何?人生って何のためにあるの?人生に正しい道はあるの?そう問いかけます。そして、世が21世紀になろうとも、人間の本質は、何にもかわらないんだよとも教えてくれるのです。
星の王子様は、夢を届ける旅人。母から子へ、21世紀へ。大切なものを伝えていきたいですね。是非読んで下さい
たまごクラブ2001/02月号掲載
2001年02月