たまごクラブダイアリー
2001年
パッチワーク
- 邦子さんは37歳の高齢初産婦で、小学校の先生をしています。
初診の時からどちらかというとクールで、口数も少なく、私は、彼女の笑った顔を見たことがありませんでした。
「なにか不安なことありませんか?」と訪ねると、
「大病院で産めば、赤ちゃんに何かあった時にすぐに対応してもらえますよね。」
と言うし、この人は、妊娠したことがうれしくないのかなあと、いつのまにか彼女のイメージを作り上げてしまったくらいです。
そんな彼女が妊娠20週の時、おなかが張って、出血もしたので入院となりました。
私は、正直言って少し悩んでしまいました。だって、何を話したらいいのかわからないのです。
ある日曜日、のんびり回診に伺うと、彼女はパッチワークをしていました。
ドット、ストライプ、チェック、花模様、色々な布がかごに入っていて、彼女は小さな布を丁寧に縫い合わせていました。
「パッチワークって、学校の子ども達に似ていませんか?」
と私が言うと、彼女は瞳を輝かせながら答えてくれました。
「そうなのよ。多種多様の小さな布を組み合わせ、お互いにけんかしないように、統一感を出していくのがポイントなの。」
と。 私もパッチワークが大好きなので、その話で盛り上がり、おかげで少し、心と心が近くなった気がしました。 彼女は教師になって15年。小学校の子ども達と、休むことなく歩いてきたと言います。
「子どもの声をいかに聞き取ることができるかが、大切なんです。こういう時代だから危ない子にはしたくないですから。」
そう語ってくれました。 そして、教育に対する思いが熱いあまり、やっと授かった赤ちゃんでうれしいはずなのに、仕事が今までのようにできなくなるのではないかと不安になってしまったと言うのです。
「先生は子どもを2人産んで、仕事への不安はなかったの?」
と聞かれたとき、私は自信を持ってNOと答えました。
確かに私も初めは不安でした。なぜなら今までと同じようなスタイルでは仕事にのぞめないからです。患者さんやスタッフに、申し訳ないと、そればかり考えていました。でも、みんなが力強く応援してくれたので、少しずつ不安が安心に変わったら、楽しみや喜びがいっぱいになり、はやく出産したいと思えるようになりました。
また、出産後は、私もそうだったよなんていう風に、自分の出産経験をいかして、今まで以上に診療の内容が充実したと思うのです。
そして、愛され助けられた分だけ、自分も人を愛せるようになりました。お産をしたことは私の人生の最高の財産なのです。
そう私が言うと、彼女はにっこり微笑んで、「ありがと先生」と言ってくれました。
そして次の日、どうしたことでしょう。
すっかりおなかの張りがなくなって、今日彼女は24週で、1ヶ月ぶりに退院しました。元気に帰る彼女を見送ったとき、何よりうれしい瞬間となりました。
皆さん、赤ちゃんって元気に産まれるのがあたりまえだと思っていませんか?
でも、実は、ママの数だけ色々なお産があるのです。
お産の舞台の主役はママ。私たちは舞台を盛り上げるスタッフです。不安や悩みがあったなら、どんどんそれらを解消するために、心を開いてくださいね。そしてお産に対して良いイメージングをしながら、ママと私たちが一体化できたとき、良いお産ができるのだと思うのです。
私には、妊婦さんとのお産の思い出がたくさんあります。それらをパッチワークのように心をこめて組み合わせることで、私の仕事を担う大きな力となってくれます。
私の人生は、妊婦さんへの感謝と祈りの連続です。
お産って大好き。こんなに楽しい仕事、いつまでもやめられそうにありません。 -
10月のワンポイントリラック ★ そっとわがまま ★
パパの帰りが遅い。わかってはいるのだけれど心がザワザワする時ありませんか?
もうがんばって待っているのはやめようよ。
本当にそばにいて欲しいのはパパなんだって言ってみてごらん?ほら、そう言っただけで、なんて幸せなんだろう。夫婦互いに助け合って、一緒に産むのです。一人じゃないんだから。
無理しないで、そっとわがまま言ってみよう。うんと楽になれるから。
たまごクラブ2000/10月号掲載
2000年10月
力んでみたいの
- 今日、リエさんは女の子を出産しました。
彼女は私の同期で、産婦人科医。7年前に慶應大学病院で、彼女と出会いました。出会った時から、ものすごいパワーを感じました。卒業後すぐに同級生のドクターと結婚し、妊娠し、勤務先の違いで、東京と栃木の別居生活をしながら、4年前に長女唯ちゃんを帝王切開で出産。1人で唯ちゃんを育て、仕事と子育てを両立してきました。
子どもを出産した経験と、もちまえの明るさで、妊婦さんから絶大な信頼があります。 私は、産休になった彼女に会いたくて、出産の2週間前に彼女に会いに行きました。
お母さんのお手伝いを一生懸命している長女の唯ちゃんは、妹が産まれてくるのを指折り数えていました。
「ねえ、純ちゃん、私今回はVBACしたいんだけど」
私は、この言葉を聞いて驚きました。なぜなら、VBACとは、前回帝王切開の人が経腟分娩をすることを言うのですが、子宮が陣痛で破裂するかもしれないので、とても怖いのです。
でも、「力んでみたいの。ひっひっふーって言ってみたいの」と聞いて、私は、自分の出産した時を思い出し、すぐに彼女の気持ちがわかりました。お産って、産み終わった瞬間、快感なんですよ。痛みに耐えて、がんばって、「おめでとー。」そう言ってもらえた瞬間、ふわあっと天に昇るような、最高の気持ちになれるんです。彼女も私と同じように、毎日そんなドラマチックな場面に接しているから、下から産んでみたいと思ったのでしょうね。
とっさに医者的立場から、やめたほうがいいんじゃない?と思いましたが、女性的立場から言うと、希望をかなえてあげたいと思いました。だから、なんだかうまく伝えられなくて、
「体大事にしてね」
と言って、サヨナラしました。 私は帰りの電車の中、なぜ彼女がVBACをしたいのか、ずっと考えました。危険だということは十分わかっているのに、下から産みたい理由。
お産を下からするという達成感を娘達に伝えたいのかな?
そして、患者の意志を大切にしなければいけないんだということを、自らの体でうったえているのかな?
だから私は、がんばれ!そして母子ともに健やかに!!
そう毎日お祈りをするしかありませんでした。
彼女は夜の9時頃陣発し、病院に行きました。でも、痛みが弱まったのでいったん帰り、また痛みが強くなったので夜中に入院しました。しかし、お産が進まず、医者的立場で冷静に判断し、自ら帝王切開に切り替えました。
お産後の彼女から、
「純ちゃん、子宮を上から下からおもいっきり引っ張られている感じで、気分を転換しようと歯を磨いても、何しても、どうにも痛くて死にそうだった。怖かった。やっぱりだめだったよ。」
と言われ、私は胸がいっぱいになってしまい、
「なにいってるの。だめなんかじゃないよ。」
ってしか言えませんでした。 でも、彼女は言葉少ない私を理解してくれたようで、
「みんな、こんなに痛い思いをしているんだって、わかっただけでもいい経験をしたよ。」
そう言ってくれました。私は、ずっと緊張していたココロの糸がゆるみ、ほっとして、涙が止まりません。
だめだったんじゃないよ、リエさん。こうしてがんばっているんだということを、娘達にちゃんと伝えられたんだから。そして、強い意志をもってお産に望んだことは、無駄じゃなかったよね。
これから彼女は、二人の子育てと仕事の両立で大変だと思います。でも、そんな彼女を、たくさんのたまごママ達や娘達が応援してくれるでしょう。
彼女は最高のドクターであり、最高の母親です。
永遠のライバルかな?リエさん、ゆっくり休んで下さい。
そしてあなたが、もし、がんばったのに帝王切開になったら、リエさんのこと思い出してね。 - 9月のワンポイントリラック ★ ススキ ★
私はススキが大好き。なぜって、秋色の光と風を、最も感じさせてくれるから。
夕日にススキをかざしてごらん?ふわふわしたススキの穂が黄金に輝いて、無数の秋の手のひらが、波のように揺れるよ。心静かに秋の音に耳を傾けると、ススキが奏でる音楽が聞こえてくる。ほら、おなかの赤ちゃんも、きっと聞いているはず。
来年の秋には、この風景を、赤ちゃんと一緒に見ることができるんだよ。
たまごクラブ2000/09月号掲載
2000年09月
こころの目
- こんにちは。今月から連載を始めることになりました。
名前は、郡山純子、ちょっと前までみなさんと同じたまごママでした。
私が10歳の時、父親が産婦人科を那須高原で開業しました。毎日休みなく赤ちゃんをとりあげている父を見て、私もそうなりたいと思いました。
夢は叶い、産婦人科医になったのが7年前。今は、千葉県市川市の病院で仕事をしながら、週末には那須高原に帰り、ふるさとに帰ったときは、妊婦だった経験を振り返って、自分がこうして欲しかったということを思う存分行っています。
診療の後に、マタニティビクスや、ベビービクスのレッスンをしているのも、自分が妊婦の時に、本当にやってよかったと実感したからなのです。
私は、妊婦さんと、赤ちゃんが大好き。妊婦さんが私を同じ仲間だと思って接してくれるので、つくづく子どもを産んでよかったなあと思います。そうは言っても、ホントは育児に悪戦苦闘中。あげはと拓也。2歳と、もうすぐ1歳です。
この私のエッセイを読んだことにより、みなさんに、勇気と元気をプレゼントできたらなあ。と思います。 今日は、和歌子さんのことをお話ししようかしら。
和歌子さんは、糖尿病のため、目が不自由です。ご主人も目が不自由で、愛犬と一緒に仲良く健診に来ていました。
「妊娠初期のつわりがないと、流産するってホントですか?」
「そんなことないですよ、安心して下さいね。」
「ああよかったあ。」
私はつわりがひどく、白衣のポケットにビニール袋を入れていました。吐きながらお産に立ち会い、診療をするくらい。つわりのない人は、幸せだと思っていたので、彼女の悩みはびっくりでした。 でも、妊娠中期になると、少しずつ不安もなくなり、
「今日の赤ちゃんの体重は230gですよ。」
と伝えると、
「帰りにスーパーで、同じ重さのお肉を買って帰るのが楽しみになりました。」
と、答えてくれるようになりました。
「26週をすぎると、赤ちゃんの耳は聞こえてきます。優しい言葉をたくさんかけてあげて下さいね。」
「え~もう聞こえるの?それじゃ、夫婦仲良く会話しなきゃね。」
なんて言ったりして。妊娠後期には、
「先生、たまには、のんびりと、お休みした方がいいよ。」
と、カスタネットを頂きました。
「カスタネットはね、ウン、タン、ウン、タタタン。両手をパッと開いて音を止めた時が、ほっ!のひとときで、ウンがなければ、タタタンは打てないんだよ。」
って。つまり、ウンの休みがないと、タタタンと働けないよ、と伝えたかったのでしょうね。
忙しい一日にも、なにもしないでぼーっとする一日にも、同じ価値を見いだせたら幸せなのですね。
彼女は無事男の子を出産されました。
まだ胎脂でべたべたの赤ちゃんを抱っこしながら、彼女は、
「先生、小さな吐息が伝わるね。」
と言いました。私は、精一杯大きくうなづいて、赤ちゃんのほっぺをなでました。
「赤ちゃんは、いつでもあなたを見つめているからね。」
私は涙が止まりません。こんなに可愛いのに、赤ちゃんの顔を見ることができないのですから。
しかし、彼女は心の目で、我が子をしっかりと見つめて微笑んでいました。
笑顔の素敵な人で、夏のトマトを真っ赤に熟してくれる太陽のようでした。
みなさん、生まれたての赤ちゃんの視力は、約20cm。これって、何の距離だと思いますか?
そう、赤ちゃんを抱っこしておっぱいをあげるときのママと赤ちゃんの距離なんです。
赤ちゃんは、お母さんの声をおなかの中で子守歌のように聞き、生まれたその日から、ママを見つめているんですね。
彼女も私も、子どもを愛おしいと思う気持ち、心の目で赤ちゃんを見つめる気持ちは、同じです。
抱いて見つめて微笑んで。
さあ、私もあげはと拓也をおもいっきり抱きしめてあげたいから、急いで帰ろうっと。 -
8月のワンポイントリラック ★ カチワリ ★
お水の宝石。ただの水を凍らせたものを買うなんて、勇気いるなあなんて思っていたけれど、去年妊婦だった私から、おもいっきりカチワリを楽しむ方法を教えちゃいます。
まず買ったらケースを頬ずりする。
頭にのせてもいい。そして小さめの氷を口に含む。
ソフトクリームのように甘くないので、後味もすっきりで、自分を責めずに食べられるからいい(笑)。あげはと私は、毎日かりかり食べてました。今年はみなさんもいかがですか?
たまごクラブ2000/08月号掲載
2000年08月