たまご焼き
2010年7月~2013年8月
心のサンクチュアリ~神聖な場所~
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私は特別な信仰心を持っているわけではありませんが、神社に行くことが好きです。
我が家から約1キロ離れたところにある三島神社には、小さい頃からよく遊びに行きました。
小学生の時にはこの神社で行われるお祭りが大好きでした。そして中学生の時には高校合格を祈願して毎日通いましたし、結婚が決まった時にも報告に行きました。 また、去年はジョギングの最終ポイントとして、この神社で一息ついたものでした。
三島神社に行くと、なんとも不思議な気持ちになります。それは静かで素朴で力強い自然の森の中に、神様が存在しているからなのでしょうか。
病気になる前は、二礼二拍手一礼をするたびに神社の奥の方から「余裕を持って生きろよ」と言われているような気がしていました。時間やお金の余裕ではなく、人生における心の余裕、すなわち客観的に自分を見る余裕を持てと。
しかしあの頃は全く余裕がなくて、自分を顧みることができませんでした。
先週、私は尊敬する 声楽家の須藤先生とお話をすることができました。
先生は79歳でいらっしゃいますが、生涯歌い続けるために日々の自己トレーニングを怠ることはありません。
食事や睡眠やヨガの時間を大切になさり、お弟子さんの教育と御自身の向上のために 努力を重ねて毎日を過ごしていらっしゃいます。
「例外という言葉は私には存在しませんのよ。求め続ける限り、進歩していけます。」
と先生は常におっしゃいます。
その先生が歌って下さる心の歌を聴くと、今日も自分が生かされていることに感謝し、明るく前向きに生きていこうという気持ちになれます。
私はあの日にふっと先生に会いたくなり、先生のご自宅にお電話をしたわけです。
自分を顧みるためにどうしたらいいのかを尋ねたくてお電話をしましたが、先生は私がそう質問することを察して下さったのか、質問する前にこうおっしゃって下さいました。
「この世はなるようになるの。あるがままを肯定して受けとめて、明るく前向きに感謝して生きていくのよ。こうなったらどうしようなどと思いわずらうエネルギーがあるならば、決して過去を振り返らず、今日一日に感謝して精一杯生きるのよ。ケセラセラでね。」
「ケセラセラかあ。」
そう言えば、高校生の時にホームステイでお世話になったアメリカの父が
「Whatever Will Be, Will Be=Que sera sera=なるようになるさ」
とよく言っていたのを思い出し、なんだか懐かしくなりました。
そして今日は当院のスタッフみーちゃんの結婚式でした。出席のお葉書を出した時には、自分がこれ程までも元気になっているとは思いませんでした。
今日は抗ガン剤治療を行った翌日ですが、体調が良く元気な自分であることをとても嬉しく思いました。
みーちゃんの挙式は人前式。
思いやりの心を忘れずに、お互いを大切に思い、感謝して尊敬しあえる夫婦になるよう努力していきたい。
というご主人様とみーちゃんの揺るぎない信念を聞いて、感動の涙が止まりませんでした。
そして人前式ゆえ十字架や牧師さんは教会内には存在しませんでしたが、教会の中に入った瞬間、三島神社にいる時と同じように私の心はすっと洗われました。
そして、今日まで育んできた愛情をさらに高めて、明るく清い家庭を築いていって欲しいなと思いました。
そう、ここにも私のサンクチュアリがありました。
心のサンクチュアリはどこにでもあるような気がします。
それは神社であったり教会であったりお寺であったり。
もしかしたら公園や学校にもあるかもしれません。
皆さんも心の落ち着く場所を探して下さい。
そして須藤先生のお言葉を思い出して下さったら、私は幸せです。
平成23年8月8日
もうすぐお盆です。大好きないとこ達に会いに、さくら市に行くのが楽しみです。
郡山純子 2011年08月08日
家業を継ぐということ
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私はわりと人に迷惑をかけないタイプで、優等生と言われることが多かった。
しかし、自分としてはおりこうさんだけれどおもしろみがなくて、つまらない人間だと思っている。
だから、冒険的な行動をなにげなくできる友人達がうらやましくて仕方がなかった。
そして、ほとんどの人に「気を使いすぎ」と言われ続けてきた。
そこへ「この際、性格を変えてわがままになりましょう。」
とカウンセリングの先生が言って下さったので、もしかしたら私の人生に別の扉が開くのではないかと楽しみにしている。
しかし人間の本質というものを変えるのは、それほど簡単なものではないように思える。
今日は、とてもうれしいことがあった。私の尊敬する直樹先生にお会いする事ができたのだ。
直樹先生とは、すぎのこ三島幼稚園の園長先生であり、私の子供達には人間としての根っこのようなものを、私には家業を継ぐという仕事へのポリシーを教えて下さった先生なのだ。
直樹先生に出会ったのは、那須塩原市に引っ越してきた10年前になる。
どんなに寒い日も暑い日も風の日も、園門に立って園児を迎えて下さった。毎日だ。
そう簡単にできることではない。 私はその直樹先生のお姿に感動し、自分もそういうスタンスで診療をしていきたいと思ったのだ。
すぎのこ三島幼稚園。ここは、私達家族のオアシスだ。
園庭に入り体操教室に向かうと、心がすっとする。四季折々のあしらいを園庭や教室にて感じる事ができる。
もう小学校6年生になる息子だが、今なお幼稚園に毎週通い、体操を通して日常のストレスを発散している。
直樹先生はいつも園児を思い、命いっぱい生きる事の深さに触れながら、私達大人や子供達にわかりやすい言葉で仏様の教えを説いて下さる先生だ。
そこには人間の弱さや強さを真正面から見てみないか、という先生のメッセージも込められている。
私なりの勝手な解釈かもしれないが、直樹先生の生き方はこんな感じだ。
「自分の力を全て注いでいます。しかし他人の評価は様々です。全ての人に良いと思われることはありません。だから僕は自分の納得のいかない仕事は絶対にしません。」
医療と幼児教育は同じフィールドではないものの、家業を継ぐという意味では直樹先生と私は同じであり、先生の仕事に対する情熱を感じるたびに、背中をひと押しされたものだった。
謙虚で心優しい、しかし自信に満ちた直樹先生は理事長、院長、母、私の憧れだった。
だから、私も直樹先生のようになりたいとこの10年間頑張ってきた。
この頃私の両親は「純ちゃんを医者にしたのは押しつけであったのではないか。悪かったなあ。」と言う。
確かに押しつけではあったが、それを選んだのは私であり弟であり、生まれながらに定められた変えることのできない因縁因果を背負いながら、私達兄弟は生きている。
しかし自分達の選んだ道だから、その宿命に伴う苦労は徒労ではない。
特に今、弟は夢を叶え、希望に満ちた日々を送ろうと頑張ってくれている。
希望のないところには、人生はないと言わんばかりに。
家業を継ぐという事は、こういう事なのではなかろうか。
多少面倒で嫌だなあと思う部分もある両親だが、どうしても開業したいという理事長の夢を夫婦二人で努力の末に貫き通したところはすごいと思う。
そして、その石塚産婦人科を支えてくれたうちのスタッフ達には感謝の気持ちでいっぱいだ。
こんな事に気づいたのも、今の私に自由な時間がたくさんあるからだ。 もちろん我が家とは違った形で、生きるために大切なことを子供達に伝えている親はたくさんいると思う。大切なのは、その親からもらった「私」というものが「私」の人生の役にたっているということだと思う。
そういう育児を私もしたい。
平成23年6月25日
今日私のかつらが出来上がります。似合うかな。
郡山純子 2011年06月25日
三島小学校の運動会
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台風の影響で延期になった運動会は6月1日に行われました。
私は次の日から再入院し、2回目の化学療法を受ける予定であったため、ぎりぎりセーフで息子の運動会に参加できました。 今年から応援合戦という種目ができました。そのため、高学年の子供達は自分達だけで応援歌を作り、内容を練り、低学年のクラスに毎日行っては、歌や応援を教えたのだそうです。
4色の応援合戦は、およそ小学生とは思えない程の迫力と団結心でした。
互いにエールを交わしあい、制限時間5分を守りながら、一つになって燃えていました。
その集中力はものすごいもので、三島小学校の校庭にいる全ての人に感動を与えてくれました。
「人はがんばるとまわりの人に感動を与えることができるんだ。よくやったぞ。自分に自信をもっていいと先生は思う。」
そう言って下さった担任の先生のお言葉は、何年たっても子供達の胸に生き続けると思いました。
そして、この校庭で刻んだ友達との深い絆は、一生の宝となることでしょう。
おかげで応援団長を務めた息子は久々に元気になりました。
そして帰宅した時の彼の笑顔は、ひまわりのようにキラキラ輝いていました。
私は、あきらめなければいけない夢もありましたし、人生の目的もより身近なところに持ってこなくてはならなくなりましたが、今とても幸せです。
手術の直前は何度も死の影におびえていましたが、今は同じ自分とは思えないほど落ち着いています。
そして、三島小学校の子供達の競技や演技を見せて頂き、
「助かった私にも、また何かできるのではないかな。」
そんなことを思えるようにもなりました。
6月2日、2回目の化学療法。回を重ねるごとに体は重くなりますが、主治医とともに薬剤師さんや看護師さんが全力で助けて下さるので、苦痛のためにふさぎがちな自分の表情が和らいでいくのがわかりました。
そして、「必ず元気でいよう。郡山さんには死ぬ暇はないんだから。」と言ってくれたママ友の言葉と三島小学校の全ての方々のおかげで、今日無事に退院してくることができました。
自宅に帰り入院中の下着やパジャマを洗おうと思っていたら、私の親友ゆーちゃんが御主人様とともに遊びに来てくれました。
そして彼女のおなかの中に、可愛い赤ちゃんがいることを教えてくれました。
今日診察で頂いたという超音波の写真を見せて頂き、嬉しくて涙が出ました。
平成23年6月4日
どうか神様、ゆーちゃんが安産ですように。お願いします。
郡山純子 2011年06月04日